こんにちは。セルジオ筑後です。
上海に行ってきました。
上海は不思議な街だ。
今や世界経済の中心となった摩天楼、その向かい側にそびえる植民地時代の傷跡、そして古い石造りの家々…。過去と未来が河を挟んで立ち並び、最新のテクノロジーとオールドエコノミーが融合した、そんな街の片隅で俺は…
窮地に陥っていた。
ど、どうやってお金を払えばよかとですか?
無人レジらしきものは置いてあるが、どこにお金を入れればいいのか分からない。使い方を聞こうにもカウンターに人影は無い。そして僕は途方に暮れる。
一体どうすれば…。
今日は十年来の友人・王大人と、この雑貨屋の片隅にあるフードコートで待ち合わせて一緒に上海を食べに行くことになっている。待ち合わせ時間は午後6時、今は5時半。待ち合わせ場所に早く着き過ぎるのは日本人特有の癖だ。
待ち合わせ時間まであと30分ある。日本の酒造メーカーでは中国でダントツのシェアを誇る神ビールこと、サントリービールでも飲みながら待つことにする。中国のビールは酒税の関係でものすごく安い。コカコーラが4元(65円)なのに、ビールが2.5元(40円)で売られているのだ。国内産ミネラルウォーターと10円しか変わらない。中国行ったらビールをがぶ飲み、これが基本だ。
サントリービールを買い物カゴに入れたところまでは順調だった。財布の中には800元入っている。缶ビール一本買うには十分な額のはずだ。ただ、決済ができないんだ。
このでかいiPadみたいなものに入力するのか?「自動決済」。レジっぽい機械の横に使い方が書いてある。この通りに動かせばいいらしい。
「まず商品のバーコードを読み込みます」
なるほど、自分で商品を読み込んで自分でお金を払えば良いわけか。サントリービールのバーコードを読み込ませる。ボタンを押すと赤外線の読み込みパネルが出てきた。手に持つタイプではなくて、ガラス式赤外線センサーに商品を読み込ませるタイプだ。懐かしい。昔地元のスーパー、マルマツにこのシステムが導入されたときは大いに未来を感じたものだ…。サントリービールのバーコードを読み込ませる。
「次に、お金を支払うボタンを押します」
ポチッとな。
「最後に、表示された二次元コードをスマホで読み込みます」
…。スマホ決済前提かよ!
中国のスマホ決済であるアリペイやWechatpayは、中国国内の銀行口座と同期していないと使うことができない。しまった…こんなことなら昨日銀行で紐付けておけばよかった。ここでは日本のスマホ決済は使えんよな?久しぶりの出番かと思ったのに、肝心な場面で役に立たないんだから…。
「おい、そんなとこで何してんだ?」
買い物かごを持って右往左往しているところに、見覚えのあるコートを着た大柄の男が立っていた。王大人だ。出会った頃20歳前の学生だった彼もすっかり大人になり、当時既に大人だった俺はすっかりおっさんになった。時の流れは早いものだ…が、そんなことより。
「会っていきなりですまんが、このレジ現金払いが出来んっちゃけど」
「相変わらずビール好きだな…。分かった、俺が払っといてやるよ」
王大人がスマホをかざすと、「現金の支払いに成功しました」の表示が出る。
どうやら支払いが完了したようだ。
「いやあ助かったばい。しかしこの店、現金でものは買えんとね」
「ここは『半』無人コンビニなんだ。中に人はいるんだけど、人を呼ぶのはレジ奥にあるタバコを買うときくらいだね。誰もいなくても、買い物ができるんだ」
そう言うと王大人は、奥のコーヒーサーバーに空の紙コップをセットし、二次元コードに携帯をかざした。熱いコーヒーがカップに注がれる。
スマホ決済機能がついたコーヒーサーバー。
日本で導入される日も近いだろう。
無人コンビニの強みは、スマホ決済でこそ活きる。スマホ決済ならば、無人レジひとつで万事OKなだけでなく、現金を直接取り扱うリスクを全て無くせる。現金を取り扱える無人レジを導入している日本との大きな違いは、無人レジ導入とともに現金払いをも取り払っている点だ。このコンビニでは、現金の取扱は人間がやって、キャッシュレス決済は全て機械がやる、という形式らしい。
キャッシュレス決済はただの便利な進化ではなく、歴史的な大変化だ。貝殻や金に始まり、ぞれが鋳造された貨幣となり、やがて印刷技術が発展して紙幣が生まれ、今やお金をはただのデータとして電子の海でのみ存在する概念となりつつある。お金が(物理的に)この世から消えかかっているのだ。世の中はお金で動く。目に見えるお金が消えることで、世界がどのように変わるのか、本当に楽しみだ…
と、ここで、世界中の誰もが思いつく問題点が湧き上がる。
「ここは半自動だからいいけど、人がいなくなったら商品盗み放題じゃないか。泥棒にはどう対応するんだ?」
王大人はニヤリと笑って一言。
「何のための顔認証システムだと思う?」
王大人に窮地を救ってもらった俺は、ビールを一気に飲み干して、一緒に上海料理の専門店へと向かった。
これは皿うどん(硬)だ。皿うどんは台湾系長崎県人が編み出したオリジナル中華料理だと思っていたが、そのルーツは上海の名物料理だった。国外へ出ると、日本では常識だと思い込んでいた前提が崩れ去る瞬間を何度も経験する。ポスト真実の時代、思い込みで物事を決めつけてはならない。
「今どきスマホ決済も出来ないとか…」
「そげなこと言うたって、殆どの外国人は中国に銀行口座とか持っとらんめもん。あの店はいかん、外国人のこつばいっちょん考えとらん。そこらへんの気の利かせ方ではまーだ日本の方が…」
「今の店、Paypal使えるけど。」
ポスト真実の時代、思い込みで物事を決めつけてはならないのだ…。